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伊都郡高野町で食べられる定食のランキング

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こちらは伊都郡高野町で食べられる定食のランキングページです。
伊都郡高野町では定食が3件見つかりました。
3件のみんなの口コミを参考に、ぜひ食べたい定食を見つけてください!

3.2
和定食(レストラン楊柳)
ランチ
今日不明
高野山駅から2.93km
和歌山県伊都郡高野町大字高野山132

レビュー一覧(1)

  • hiroyukinozoe
    hiroyukinozoe

    プチ精進料理の高野豆腐の煮物、胡麻豆腐、天ぷら、鰻の蒲焼きと和の食材満載の和定食。 胡麻豆腐は、ねっとりと弾力性に富んでいて、おろし生姜がピリッとしたアクセントになって美味。天ぷらは、海老天、茄子、ししとう、人参、大葉、海苔といった彩りに、蒲焼き付きというプチ贅沢な和食でしたが、観光スポットなりの味。ただし、高野山の水で炊いたご飯は米粒も立ってつやもあり美味しくいただきました。 #和食 #定食 #高野山料理

3.0
精進定食(中本名玉堂食堂部 (中本))
ランチ
今日08:00~18:00
和歌山県伊都郡高野町高野山765

レビュー一覧(1)

  • suna8
    suna8

    「精進定食」。ビールを付けていいのか(自分が僧侶なら"花和尚"状態だ)。 #和食処 #精進料理 #食堂 #精進定食 #定食 #和歌山 #高野山 ◇◇◇ 【精進料理】 精進料理(しょうじんりょうり)とは、仏教の戒律に基づき殺生や煩悩への刺激を避けることを主眼として調理された料理。 精進料理では避けるべきと考えられている食材が大きく分けて2つあり、1つは動物性の食材、もう1つは五葷(ごくん)と呼ばれるネギ属などに分類される野菜である。ただし、五葷の扱いは時代や地域によって異なる。 まず、第一に動物性の食材は禁忌とされている。仏教の世界では戒律によって在家の信徒は「五戒」で、僧は「沙弥の十戒」をはじめとして元から殺生が禁じられており、大乗仏教では『楞伽経』を基に僧の肉食も禁止されたため、僧俗への供養や布施として野菜や豆類、穀類を工夫して調理される。 第二に五葷(ネギ科ネギ属などに属するにんにく、ねぎ、にら、たまねぎ、らっきょう)は禁忌とされることがある。煩悩を刺激し食材のにおいも強いことから避けられる。 <Wikipediaより抜粋引用> ◇◇◇ ということで、結局一種のベジタリアン料理とも言え、昨今では、仏教などとは関係なく、和食の一つの種類という捉え方が一般化しているようだ。今までにも食べたことはあったが、あまりいい印象はなく(つまり美味しいとは思わず)過ごして来た。今回は、再度挑戦しようと思ったのと、一般の食堂ならそれなりのアレンジをして、食事として成立させているだろうという期待を込めたのだ。 結果、和食として美味しくいただいた。高野山ならではの高野豆腐を中心に、基本的には精進料理としてのルールに則った食材で作られている。厳密に言うなら、出汁さえも動物性のものは使えず、昆布ダシはOKでも鰹ダシはNGなのだが、そこまでは分からなかった。 ビールを飲みながら精進料理を食べていると、ふと"生臭坊主"という言葉が頭の中に浮かんできた。 ◇◇◇ 【生臭坊主】(なまぐさぼうず) 生臭坊主とは怠け者のことで、そういった人を嘲う言葉として江戸時代から使われている。ちなみに本来の生臭坊主の意味は戒律を守らない坊主(僧侶)のことである。仏門の身である僧侶は、魚や鳥獣類の肉といった生臭物を口にすることは禁じられている。こうした戒律を守らず、生臭物を食べる僧侶を生臭坊主と呼び、転じて修行やお勤めをさぼり、金策のことばかり考えるような僧侶のことも指すようになる。ここから一般でも怠け者に対して生臭坊主と呼ぶようになった(現代では本来の意味を知らず、「なまぐさ」という語感から怠け者の意で使っている人も多い)。 <『日本語俗語辞書』より抜粋引用> さらに、 日本では仏教の戒律を破る僧侶を「破戒坊主」とか「生臭坊主」とか呼ぶが、中国では“花和尚”と呼ぶ。“花和尚”とは、「仏教の戒律を守らず、酒を飲み、肉を食らうなどの行為をする和尚」を意味するが、その語源は小説『水滸伝』の登場人物の1人である和尚の“魯智深”が破戒僧で、全身に“花繍(入れ墨)”があったことから“花和尚”とあだ名されたことに起因する。 <『日経ビジネス』2015年8月7日の記事より抜粋引用> ◇◇◇ ということで別に高野山が、という意味ではなく、一般論としていわゆる生臭坊主は存在するだろうと、何となく思うわけ。過去にニュースにもなったが、通販大手のAmazonで取り扱っている「お坊さん便」が物議を醸していた。本来、この手の費用、つまり法事や法要の際に僧侶などに支払うお金は、宗教的な意味合いのお布施という枠で扱われるのが常識であり、いわゆる言い値だが、Amazonでのそれは定価なのだ。しかも一般的な価格帯よりかなりリーズナブルで、ニュースの中では「桁が違う」と表現されていた。 ……などと、料理の話とはあまり関係ないトリビアを書き綴ってしまったが、何れにしても高野山は日常とはちょっと違った雰囲気がある"世界"だった。